
タイトルのとおり、ヒヤシンス・ブルーをまとった少女を描いた一枚の絵の物語。
本の表紙の『真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)』とは違うのでご注意。
フェルメールが書いたと思われるこの絵が人の手から手へ渡る経過をさかのぼるお話。
8つの短編は独立した物語ではあるが、一枚の絵が紡ぎだした数奇な運命の物語ともいえる。
第1話はある数学教師が父から受け継いだ絵を、同僚の美術の教師に見せるところから始まる。
その絵はナチだった父がユダヤ人の家から盗み出したもので、父と息子の秘密であった。
父の死後、父親がしていたことへの葛藤はあったものの、
絵を失いたくない気持ちとナチであったことを知られたくない気持ちから自分の心だけにしまっていたものを、
こらえきれなくなり同僚に見せてしまうのだ。
フェルメールのサインはないし、出所を証明するもののない絵。
ではどこからきたのか。
続くお話は、ナチが台頭する時代のあるユダヤ人家庭の話。
この家には例の絵がかかっている。
少女はユダヤ人であることがどういうことであり、自分の今後と家族のこと友人のこと様々な葛藤が内面で起きている。
彼女はこの絵に描かれている少女の静かさに共感していた。
私と同じようだと。
この家族が第1話に登場する家族かどうかはわからない。
けれど、ユダヤ人の家族の今後に思いをはせると胸をわしづかみにされるような苦しさを覚える。
そして、時は少しずつ遡り、
様々な人の手に渡り、売り渡されていく絵。
誰の手に渡っても必ず愛されている。
そして、やむを得ず手放すときの胸が引き裂かれるような痛みは私自身の痛みのようにさえ感じてしまいました。
何度読んでも、結末はわかっていても、物語の全体と細部のディテールが読むごとに心にじんわりとしみてきます。
最終章、この絵が描かれたときの物語になります。
そして、絵のモデルとなった少女。
彼女の手を離れる絵。
20年後、オークションにかけられたその絵を再び見たときに彼女の胸に去来する想い。
・・・言葉にはなりません。
この物語は実在する絵の話ではないけれど、フェルメールが死んだとき多額の借金を抱えていたことを思うと
まだこの世に彼の未発表の絵が残っていても不思議ではありません。
サインも証明書もなく、贋作と思われているかも知れず、ひっそりと個人の家に飾られている妥協を許さなかった彼の
静謐な光に溢れた絵。。。
家族が日々食べるものに困り、借金まみれでありながらフェルメールは贅沢な絵具を使っている。
ラピスラズリという高貴な石からうまれる青で、これを、フェルメールブルーと呼ぶ人もいるらしい。
金よりも高価といわれたこの鉱石をふんだんに使った彼の作品は見るものの心を奪わずにはいない。
さらに、フェルメールの絵には光のあて方に謎があるらしいが、
灰色の壁も、テーブルの木の色も、牛乳の白も、それを注ぐ女すら、すべてがこの青い色のために存在するのかもしれない。
物語の絵を描く章でも、牛乳の入ったコップをそのままにしておくようにというシーンがある。
「そのままにしておいてくれ、カタリーナ。そこの、光があたる場所に。それがあるせいで、神聖な雰囲気が出るし、生活のやさしさが感じられるから」
そして、
絵の中心にあるブルーの静かな響きを愉しむために。。。では、ないかしら。
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